ライダーの感情を見える化? ヤマハの「感情センシングアプリ」を試して再確認したバイクへの想いと“可能性”

横浜国立大学 島圭介准教授、ミルウス、ヤマハ発動機が開発した『感情センシングアプリ』を試してみた。
  • 横浜国立大学 島圭介准教授、ミルウス、ヤマハ発動機が開発した『感情センシングアプリ』を試してみた。
  • 今回は東京駅周辺を『XSR125』でツーリング。
  • 『感情センシングアプリ』はCALM(右)というセンサーから心電を読み取って見える化する。
  • 生体信号から感情を推定するしくみ
  • 生体信号から感情を推定し、アプリで見える化する
  • ルート上の点はライダーの感情を5秒毎に視覚化したもの。走行後に視覚化されたこのデータを見ると、走ってきたルートだけでなく、その時に起きたコトを思い出しやすい。
  • 丸印は5秒毎にライダーの感情を見える化したもの。交差点では一瞬「緊張」のオレンジ色に。
  • 丸印は5秒毎にライダーの感情を見える化したもの。この場面では「興奮」度が高く出ている。

ヤマハ発動機は、ライダーの感情を見える化する「感情センシングアプリ」を開発し、2023年後半より実証実験を開始した。このアプリは、横浜国立大学 島圭介准教授およびバイタルセンサー事業を展開するミルウスとの共同研究により、心電データをもとにヒトの感情を推定し、スマートフォンアプリで感情を推定し見える化するものだ。

「バイクライフの楽しさの増幅と、安心・安全な運転支援が目的」というが、実際どんなものなのか? モーターサイクルジャーナリストの小川勤氏が体験してみた。

◆バイクに乗っている時どんな「感情」を抱いているのか?

バイクに乗っている時の感情を『見える化』するアプリがある……。そんなヤマハの『感情センシングアプリ』の話を聞いたのは3年ほど前。正直、その時は『ライダーの感情の見える化』にどんな効果があるのだろうか……と思っていたのだが、実際に経験することで僕の中のバイクの立ち位置みたいなものが、一瞬で明確になった。まだまだプロトタイプで開発はスタートしたばかりだが、とても大きな将来性を感じることもできたのだ。

「興奮」「退屈」「感動」「イライラ」「眠気」など、見える化された図の中には様々な感情が表記されている。今回、この技術の説明をしてくれたヤマハ発動機カスタマーエクスペリエンス事業部の井上真一さんは、自身に感情をセンシングするためのCALMというベルト型心電センサーを装着。自身の感情を見える化し、その図を見ながら説明をしてくれた。

生体信号から感情を推定し、アプリで見える化する生体信号から感情を推定し、アプリで見える化する

「昼食後だから少し眠気が……」「みなさんへの説明が楽しいので少し興奮したりもしてます」。確かに図の中で『○』の位置が刻一刻と変わり、井上さんの声が抑揚するとオレンジやブルーの領域に『○』が飛び込む。これは人の心電データから感情を推測&フィードバックし、可視化したものだという。

縦軸が覚醒度(感情の激しさ)、横軸が感情価(感情の正負)を表現。このデータを得るために多くのライダーの脳波、発汗、脈波、呼吸、心電図の生体信号を計測し、各データの特徴を横浜国立大学 島圭介准教授および株式会社ミルウスの協力の元、抽出。その基礎実験で得たデータを『教師モデル』として学習させ、心電図のみで感情を視覚化できるようにしているという。

面白いな、と思いつつも、実際にテストしてみるのが少し不安になった。「果たして僕はバイクに乗っている時に楽しめているのだろうか?退屈していないだろうか?イライラしていないだろうか?」と……。正直、バイクに乗っている時にどんな気持ちが『見える化』されるのか想像もつかない。

◆僕にとってのバイクの立ち位置がなんだかとても明確になった

『感情センシングアプリ』はCALM(右)というセンサーから心電を読み取って見える化する。『感情センシングアプリ』はCALM(右)というセンサーから心電を読み取って見える化する。

「同じワインディングを走ってもキャリアによって見える化される感情は変わります。キャリアが浅いとずっと緊張していますが、ベテランはずっと楽しんでいます。でも景色の綺麗なところでは、どちらのライダーも感動したり興奮したりするんです」と井上さん。

ヤマハではこのアプリを利用し、多くのライダーの感情や経験をデータ化し、絶景と出会えた感動を記録していきたいと考えている。そして、その記録を仲間とシェアしたりすることで、バイクに乗りたくなる気持ちを刺激したり、バイクライフを豊かな物にしていくのが目的だ。

この日、僕はベルト型の心電センサーであるCALMを装着し、YRV1という専用のテストアプリをダウンロードしたスマホを持ち、都内で『XSR125』を走らせた。僕のバイクキャリアは約30年。メディアに携わるようになってからも28年ほどが経過し、ツーリングやレース、オフロードなど一通りのバイクライフを経験してきた。世間一般で言えばベテランだろう。

東京駅周辺から銀座を抜け、豊洲などを巡り、1時間ほど都内散策をしてみた。渋滞はあったものの、特に緊張したりするシーンはなく、淡々と走って戻ってきた印象だ。初めてのXSR125は、想像よりもミニモト感がなくて楽しいバイクだった。

今回は東京駅周辺を『XSR125』でツーリング。今回は東京駅周辺を『XSR125』でツーリング。

「お、全体的にブルーですね」と井上さん。その言葉を聞いた瞬間、僕にとってのバイクの立ち位置がなんだかとても明確になった。やはり僕はバイクに乗っているだけで楽しく、気持ちが踊るのだ。

ルート上にある様々な色の丸印は5秒毎に僕の気持ちを視覚化したもの。全体的には青っぽいが、緊張やイライラを現すオレンジの点の部分を見ながら「何かありましたか?」と井上さん。確かに中央区のこの部分では音の大きな高級車が急加速してイラッとしたっけ……。豊洲では、曲がらないといけないポイントをミスしそうになって少し立ち往生した。

そして最も青くなっている橋の上では、クリアな冬の青空に向かって少しだけ大きくスロットルを開け、エンジンを高回転まで回した。その時は「XSR125、最高~」と明らかに気持ちが高揚していた。これを見ると、興奮や高揚の視覚化は想像以上に正確なのだと思ったし、説得力があった。

「XSR125、最高~」築地の橋を渡る場面では、広がる景色に「興奮」「感動」が現れている。「XSR125、最高~」築地の橋を渡る場面では、広がる景色に「興奮」「感動」が現れている。

◆思い出を振り返り、共有し、いつかはスキルアップにも使えるかも

ヤマハの『感情センシングアプリ』は無限の可能性を秘めていると思った。ツーリング中に気持ちの良かったシーンは、なんとなくこの辺とわかっていても詳細までは思い出せないもの。でも、『感情センシングアプリ』ならピンポイントで振り返ることができる。

また、日本で一番イライラしているライダーが多い道はどこだろう?と思って調べられればその道を避けるのもありだろう。時間帯による渋滞を避けることも難しくないはずだ。もちろん、日本でいちばん気持ちが高揚するワインディングもわかるかもしれない。

動画や写真などとリンクさせて、こんな情報をSNS上で共有できる世界がきたら、新しいコミュニティも生まれるし、ツーリングのルート設定がさらに楽しくなるに違いない。

また、個人的には色々なキャリアのライダーのデータを見てみたい。キャリアの浅い人はどんなシーンで緊張しているのか?それがもっと具体的にわかれば何かアドバイスができるかもしれないし、緊張を高揚に変えるきっかけを作れるかもしれないからだ。

ルート上の点はライダーの感情を5秒毎に視覚化したもの。走行後に視覚化されたこのデータを見ると、走ってきたルートだけでなく、その時に起きたコトを思い出しやすい。ルート上の点はライダーの感情を5秒毎に視覚化したもの。走行後に視覚化されたこのデータを見ると、走ってきたルートだけでなく、その時に起きたコトを思い出しやすい。

また同じライダーが異なるバイクで走った時に、気持ちが高揚するバイクとしないバイクがあるかもしれないし、それが視覚化されれば、より五感に響くバイクづくりもできるはず。MotoGPライダーがどんな気持ちで走っているのかも見てみたい……、などと妄想は尽きない。

この心電図のデータはCALMという装置を肌(心臓の近く)に密着させてセンシングしている。そこに手間やハードルの高さがあるのは間違いないが、将来的にスマートウオッチや非接触でデータを取れるとようになると使ってみたい方は多いはずだ。

感情センシングアプリは、『バイクがもたらしてくれる楽しさや感動=体験価値の提供』である。その試みはとてもヤマハらしい。今回、視覚化された自分のデータを見て僕は、バイクに乗っていて良かったと思った。さらに、これからもバイクに乗り続けてバイクの楽しさを1人でも多くの人に伝えていこうと決めた。

この技術が進化すれば、みんなが感動した場所を知りたくなるし、そうすれば行ってみたい場所も増えるはず。その気持ちがバイクに乗るきっかけになるし、最終的にはバイク趣味を長く楽しむことに繋がるのだと思った。

感情センシングアプリ感情センシングアプリ
《小川勤》

モーターサイクルジャーナリスト 小川勤

モーターサイクルジャーナリスト。1974年東京生まれ。1996年にエイ出版社に入社。2013年に同社発刊の2輪専門誌『ライダースクラブ』の編集長に就任し、様々なバイク誌の編集長を兼任。2020年に退社。以後、2輪メディア立ち上げに関わり、現在は『webミリオーレ』のディレクターを担当しつつ、フリーランスとして2輪媒体を中心に執筆を行っている。またレースも好きで、鈴鹿4耐、菅生6耐、もて耐などにも多く参戦。現在もサーキット走行会の先導を務める。

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