新生ジャパンモビリティショーの意義と可能性…豊田章男自工会会長インタビュー【池田直渡の着眼大局】

日本の未来を描く場に変わった自工会ブース

モビリティショーだからこそ増えた仲間

マルチパスウェイの意義

「みんなで作るモビリティショー」の今後は?

個社戦からオールジャパンの集団戦へ

日本自動車工業会 豊田章男会長
  • 日本自動車工業会 豊田章男会長
  • ジャパンモビリティショー2023
  • オープニングスイッチオンセレモニー(ジャパンモビリティショー2023)
  • ジャパンモビリティショー2023
  • Immersive Theater/Tokyo Future Tour(ジャパンモビリティショー2023)
  • Life & Mobility/Tokyo Future Tour(ジャパンモビリティショー2023)
  • Life & Mobility/Tokyo Future Tour(ジャパンモビリティショー2023)
  • Startup Future Factory/Tokyo Future Tour(ジャパンモビリティショー2023)

自動車は100年に一度の大変革期を迎えたと言われて久しい。今や先進国は、気候変動を背景に、一斉に化石燃料からの脱却に挑んでいる。しかしながらそこには各国の利権というしがらみがある。先進国の投機筋は今、目の色を変えて新時代のエネルギー利権の奪い合いを演じている。

かつて、クルマにとって、速さは正義だった。遅くて良いなら歩けば良い。安全で環境に良く、かつ便利で速ければそれに越したことはないのだが、今われわれはそういう全てを欲張ることが難しくなった。

脱化石燃料のための取り組みが次々と現れている。BEV、FCV、PHEV、そしてカーボンニュートラル燃料。ここまではゼロエミッションかカーボンニュートラルとみなされている。PHEVは運用次第。ほぼBEVだが、長距離でエンジンを始動すればゼロでもニュートラルでもない。それらより環境性能で劣るローエミッションではあるが、現実的な使い勝手と動力源としての能力で見た時、総合力で優れるディーゼルやHEV。俯瞰して見ればそういう構造だ。

現在我々に選択肢として与えられた「ゼロエミッションとカーボンニュートラルを達成した動力源」は、まだどれも上に挙げたような総合力において化石燃料に及ばない。しかしながらその万能性の高い化石燃料は、ただ一点、環境性能では他の手段に及ぶべくもないのだ。そして、現代では環境で劣っていることが許されない。そこで負けると、どんなに総合力で上回っていようと評価されないのだ。

クルマは技術の集合体であるが故に、その評価が難しい。環境性能が重要になるにつれ、クルマの評価はわかりにくくなった。誰もが素朴に力の信奉者であった時代が終わったからだ。そうして世界中のモーターショーに沈滞が訪れたのだ。速いということが「いけない」と言われると、もはや新型車にワクワクできない。とは言え、自動車生産国にとっては自動車は基幹産業であり、国策の重要な位置を占める。

世界のモーターショーが地盤沈下していく中、例外はまだモータリゼーションが未成熟な中国だけだ。あのドイツのフランクフルトも、イタリアのトリノも、アメリカのデトロイトも、果てはスイスのジュネーブも失速した。今や100万人を動員できるのは隔年開催の北京ショーと上海ショー、そして東京モーターショーだけ。しかし静かな衰退はその東京ショーにも迫ってきた。日本自動車工業会(自工会)は豊田章男会長を筆頭に、ショーの改革を進め、今回ついにその名称を変更して、ジャパンモビリティショーに生まれ変わった。結論から言えば、新生ジャパンモビリティショーは111万2000人を動員する大盛況のうちに幕を閉じた。

ジャパンモビリティショー2023

今回は10月25日行われた豊田会長への合同インタビューを通して、日本の自動車産業の戦いのインサイドストーリーを見ていこうと思う。

日本の未来を描く場に変わった自工会ブース

豊田章男会長(以下敬称略):今回ね、東京がジャパンとなり、モーターショーがモビリティショーに変わる。これ、名前だけの変化じゃないなというのは相当感じていただけるのではないかと思います。OEMのブースは、東館で通路の左右に大きく2つの器に分かれ、従来ショーの主役だったワールドプレミアは全部そこにあります。

前回、トヨタのブースでは一台もクルマを出さないモーターショーをやりましたけど(笑)、社長も変わりましたから、今回はちゃんと車両を出していたり。ちゃんと以前通りのモーターショーの香りもすると思います。けれど、その中でも特にトヨタのブースは、単なるクルマのスペック説明というよりも、モビリティにつながるそれを使った生活体験みたいなものがしっかり表現できていたんじゃないかと思います。

一方で、自工会管轄の西館「Tokyo Future Tour」に行くと、モビリティという大きなテーマに沿った形で、とにかく多くの会社が集まってくれました。特に注目していただきたいのは災害のところね。ゴジラがやってきて…その災害から復旧するための多種多様なモビリティをご覧いただけたんじゃないでしょうか。

Immersive Theater/Tokyo Future Tour

今までは、自工会ブースというと自工会の地味な展示だったんですが、そのスペースをジャパンモビリティショーに集まった多くの仲間が自由に使って、日本の未来を描く場に変わったと思いますね。なので、あそこでは今までのOEMはもちろん、そこに合流した仲間たち、いわゆる電気系とかベンチャー系だとか色んなバックボーンがある人たちが力を合わせて、もしもの時の災害復興、人を助けることでひとつになった。そういう場面が見られるわけですね。あれは私が目指していたショーの形に一歩近づいたのかなと思っています。

皆でやっていく、協力する。だから1+1が3にも4にもなる。そうすると、皆ありがとうと言い合える。そして最後は笑顔になる。そんな日本のものづくり企業の協力体制みたいなものがあそこに凝縮されているんじゃないかなとも感じました。

それとね、100社ものベンチャー企業に集まっていただいて、彼らの新しいアイディアが東京モーターショーから参加してきた企業と繋がり合う。面白いなと思ったのは商談ルームがあって、色んな方とそこで話ができるようになっています。

さっきスズキさんのブースに行ったら、スピンアウトして空飛ぶクルマの「スカイドライブ」を立ち上げて社長になった元トヨタの社員がいたので、「せっかくだから商談ブースを活用したら?」と言ったら、スズキの鈴木俊宏社長が「いえ、もうスズキ自動車とやってますから!」って言われてました(笑) まぁそれはそうかもしれないけれど、商談ルームで新たな物語が発生したら楽しいなぁと思います。

Startup Future Factory/Tokyo Future Tour

今までの東京モーターショーというのは、ワールドプレミアを出す場として、なんとなくゴールだったんですよね。それがジャパンモビリティショーでは、新しいスタートの場になったんじゃないかと。この場所で新しいご縁が、新しい未来が作れるようになっていく予感を、昨日一日歩いて感じました。昨日はまだ準備中のところもありましたが、そういうところは今日見させていただきました。

モビリティショーだからこそ増えた仲間

---:ずっと以前から「この指止まれ」というお考えのもと自工会の運営を進めて来られたわけですが、経団連のモビリティ委員会の発足もあって、4年前の2倍以上500社近くが「この指」に止まったことで、今回のジャパンモビリティショーの形になったと思います。この枠組みというか、この止まった人たちで、どのような未来を作っていきたいと考えていらっしゃるのでしょうか?

豊田:まずね、日本には色んな日本一がありますけど、100万人以上というお客さんね。開催日数とかいろんな条件もあると思いますが、色んなイベントの中で100万人以上集まるのってモビリティショーだけなんですよ。次点は60万人くらい。日本で、最近これ流行っているなと思うものも20万人とかね。そういうレベルなんですよ。

今回モビリティショーと言った瞬間に500社に増えました。モーターショー時代から参加いただいていた会社に加えて、今までモーターショーには参加しなかった多くの会社が、仲間になれたと思うんですよ。

ですから、先ほども申しました通り、ここで新たな出会い新たな物語を進めてほしい。そして未来づくりにつながってほしい。何よりも自動車業界という非常に波及効果が広く、いろんな産業が一丸となってやっている総合産業であるが故に、人が集まってくるんじゃないのかなというふうにも思っています。本当に今多様化とかね、100年に1度とか色々言われてますし大事な時なんです。そういう時だからこそ、やっぱりみんなが力を結集すべきだと思います。

例えば経団連のモビリティ委員会がこの間開催されたんですが、とてもいいコンセンサスを得られたのではないかと感じました。皆さんおっしゃっていたのは、「我々一社だけでは未来を創るのは無理です。そこに限界を感じます。ただ、こうして協力をすることによって、今すぐには回答はないけれども、進む勇気をいただきました」というのが一致した意見だったと思うんですよ。

ですから、ぜひともそのムーブメントを絶やさずに、モビリティ委員会の方々、新たに出展いただいた方々、今回見に来られた方、そんな方々が力を合わせることで、どんな化学変化を起こすのか? そこにぜひご注目をいただきたいと思います。

マルチパスウェイの意義

---:ここ数年、ずっとBEVシフトのインパクトが強かったと思うんですが、この1年で、かなりBEVの課題が浮上してきました。需要の低迷、価格競争の激化、米国のIRA規制などなど、色々と具体的な問題が出てきましたが、そういう変化を前提として、自工会会長の立場からマルチパスウェイの方針について改めて説明していただけますか。

豊田:やっと現実を見ていただいたんじゃないかなと思っています。全ての自動車メーカーにとって、マルチパスウェイが正解で、BEVの一本足打法が不正解なんてことはかつてより言っていません。

ただ、やっぱり使う方が色々な選択肢を持てないと不自由になります。その国その国のエネルギー事情に合わせてカーボンニュートラルへの山の登り方は色々あるよね、現実はこうですよね、ということを言い続けて参りました。結果として、色んな方々に現実というものがちょっとご理解いただけたんじゃないかなと。あまりにも極端な理想論で規制を作られても困るのは一般ユーザーなんです。

だから、一般ユーザーが困るという現実を誰かが伝えなければいけない。当初、どなたもが「BEVだけが唯一の選択肢」だと言っている時代に、ああいう発言を続けるに際しては非常に辛い思いをいたしました。しかしね、前回のG7で、日本政府に「保有全体のCO2排出量に目を向けよう」という非常に現実的な意見を言っていただきましたし、それに共感した国も結構多かったと思うんです。

やっぱりサイレントマジョリティと言いますかね、一番こつこつ真面目に生活しておられる人たちが、こつこつ真面目にやっていれば報われるよというモビリティ社会を作っていく、そんな自工会でありたいです。

---:4年ぶりの大きなショーになって、思った以上にたくさん色んなクルマがあって正直ワクワクして楽しかったんですけど、会長はクルマ好きとしてどう思われましたか?


《池田直渡》

池田直渡

自動車ジャーナリスト / 自動車経済評論家。1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年に退社後ビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。近年では、自動車メーカー各社の決算分析記事や、カーボンニュートラル対応、電動化戦略など、企業戦略軸と商品軸を重ねて分析する記事が多い。YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。著書に『スピリット・オブ・ザ・ロードスタ ー』(プレジデント社刊)、『EV(電気自動車)推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス刊)がある。

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